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大阪高等裁判所 昭和42年(う)1118号 判決 1974年4月24日

主文

原判決中、被告人新玉忠義を除くその余の被告人六名に関する部分を破棄する。

被告人奥村弥治右衛門を懲役六月に、被告人日野保雄、同高嶋久治を各懲役四月に、被告人坪田太一、同谷理、同人見美喜男を各罰金五万円に処する。

ただし、被告人奥村弥治右衛門、同日野保雄、同高嶋久治に対しこの裁判確定の日からいずれも一年間右各刑の執行を猶予する。被告人坪田太一、同谷理、同人見美喜男において右罰金を納めることができない場合は、いずれも金千円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

原審および当審の訴訟費用は別紙訴訟用負担表のとおり被告人らの各負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、神戸地方検察庁検事正代理、次席検事土井義明作成の控訴趣意書および大阪高等検察庁検察官検事上西一二、同佐藤直共同作成の控訴趣意補充書各記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人佐伯千仭、同小島成一、同大野正男、同木下元二、同石川元也、同小林勤武、同鏑木圭介共同作成の答弁書(一)および(二)に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一の一(公労法一七条一項の解釈、適用の誤の主張)について

論旨は、原判決は、少なくとも国鉄職員に関する限り、一切の争議行為を禁止している公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)一七条一項は憲法二八条に違反する疑が十分に存するので、国鉄労働組合(以下国労と略称する)および組合員には、労働法上適法な争議権があるとし、このことを前提として被告人らに対し無罪の判決を言い渡したが、右判断は、法令の解釈、適用を誤つた違法があるというのである。

よつて案ずるに、国鉄職員をふくめていわゆる三公社五現業の職員に対して一切の争議行為を禁止している公労法一七条一項は、憲法二八条に違反しない合憲のものであることは、夙に最高裁判所昭和四一年一〇月二六日大法廷判決が国鉄職員に関する同裁判所昭和三〇年六月二二日大法廷判決を引用したうえ、その理由を説示しているところであり、当裁判所はこの判決に従うのが相当と考えるので、これと異なる見解に立つ原判決は、法令の解釈適用に誤があるものと認める。論旨は理由がある。

控訴趣意第二の一(本件争議行為に至るまでの経過に関する事実誤認の主張)について

論旨は、原判決は『国鉄当局が国労との間の昭和三六年度末手当支給に関する団体交渉において、国労に対し、他の少数組合と先に妥結するようなことはしない旨確約しながら、この約束を無視し、かつ、国労をさしおいて、先に動労(国鉄動力車労働組合の略称)等少数組合と「0.4ケ月分プラス千円」で妥結したことは、従前からの労使慣行に反するばかりでなく、国労に対する背信行為であつて、少数組合との妥結結果を既成事実として国労に押しつけようとする底意の現われに外ならず、国労の実質的意義における団体交渉権の侵害を惹起する虞れなしとしないので、国労は自らの団体交渉権の実質的回復を図る目的で各地方本部に二時間の時限スト指令を発した』と認定して、本件無罪理由の前提としているのは、事実を誤認するものであるというのである。

よつて案ずるに、<証拠>によると、従前から国鉄にあつては、団体交渉に際し、全組合員の四分の三を超える加入者を有する多数組合の国労が少数組合である動労等少数組合より先行妥結し、少数組合は国労の線に追随することが一種の慣行的事態となつていたところ、昭和三六年度末手当に関する団体交渉においては、従前国労と歩調を合せて国労優先の協調的態度を採つて来た動労等少数組合が国労との間に感情的亀裂を生じ協調性を欠いていたこと、国鉄当局はこのときも団交をするにあたり、その順序を従前どおり国労を先順位とし、少数組合を後順位として行なつていること、そして昭和三七年三月二六、二七日の両日にわたり団交を行ない、最終案として「0.4月分プラス千円」を提示したところ、動労等少数組合は、団交終了後いずれも一時間位たつてから、受諾の回答を寄せたが、国労のみは、これに応ぜず、さらに団体交渉の継続方を申出たためと、年度末手当は従来からその年度内に支給するのを例としていたこともあつて早期妥結を希望するにいたつた少数三組合との間に妥結するにいたつたことが認められる。このような事情の下においては、たとえ国鉄当局が国労に対し三月二六日夜、「従来の労働慣行を尊重し、国労をさしおいて他の組合と妥結しない」旨確約していたとしても、国労以外の三組合も、少数組合とはいえ、それぞれ団体交渉権をもつているのであるから、これを無視するわけにいかず、これら少数三組合において国鉄当局が国労を含め四組合に示した最終案を受諾し早期妥結を望む以上、これを拒否しえず、そのために国労に対し従来の労使慣行を破る結果を生ずるにいたつたのは、けだし、当時としてはやむをえない事情によるというべく、国鉄当局がことさら右少数組合に対し一方的に急いで年度末手当を先行支給し、少数三組合との間で妥結した金額を多数組合である国労に押しつけようとする底意から、右のような挙にでたものとは認めがたく、またその後も引き続き国労との団体交渉に応ずる態度を放棄したわけでないことは明らかであるから、国鉄当局の右措置をもつて労使慣行の一方的破棄による背信行為であるとまでみるのは相当でない。これを国鉄当局側の背信行為と断じ、ひいては国労の実質的意義における団体交渉権の侵害を惹起する虞れなしとしないものであるとし、右事実を前提として無罪理由の一にした原判決は事実を誤認したものというほかはない。

控訴趣意第二の二(公務執行妨害、侵害の訴因に関する事実誤認の主張)について

論旨は、原判決は、被告人日野、被告人奥村、同高嶋に対する各公務執行妨害および侵害の訴因につき、右被告人らデモ隊が警備にあたつていた鉄道公安職員に対し体当りによる暴行、傷害の事実を認定しながら、被告人らの行為は、鉄道公安職員が国労組合員である信号係員を信号扱所内に閉ぢ込め監禁状態に置き、職場集会参加のための職場離脱を阻止し、また信号扱所への通路を完全に閉じて他の組合員が信号係員に対する職場集会参加のための説得行為を妨害したのであるから、その信号扱所警備行為は適法な公務の執行といえないし、右組合員をこの不法状態から解放して職場集会に参加させるためにした権利防衛行為であるから、違法性を阻却する旨判断したのは、事実の誤認があるというものである。

案ずるに、鉄道公安職員の信号扱所の警備行為は鉄道公安基本規程(改正前の昭和二四年一一月一八日付総裁達第四六六号)三条一号、五条に基づくものであり、かつ、日本国有鉄道法三四条一項により公務執行妨害罪の対象たる公務にあたるところ、本件鉄道公安職員の具体的警備行為が果して職務行為として相当なものであつて適法性を有するものか、或は職務行為の範囲を逸脱し刑法九五条の保護の対象となりえないものであるかどうかにつき判断する。

まず、本件鉄道公安職員の警備の目的、態様を検討するに、<証拠>によると、国労大阪地方本部(以下大阪地本と略称)は、昭和三七年三月二七日国労本部から原判示二四号指令を受けたので、東海道線、山陽線、福知山線に関連する尼崎駅を闘争の拠点に選び、同月三〇日午後九時(ただし、その後現地で午後一〇時に変更)から二時間の時限ストを行う方針を決定した。その方法として当日尼崎駅に勤務中の国労組合を含む国労尼崎分会員による職場大会を開き、スト時間帯に同駅で勤務中の国労組合員は、組合の闘争委員の誘導にしたがい職場を離脱して職場集会に参加することとし、その際鉄道公安職員、警察官によるスト妨害行為を防止し、国鉄職員に対するストへの参加の説得等にあたらせるため、スト支援要員として国労内部から約二、〇〇〇人、総評等外支援団体から約二、〇〇〇人(実動約三、〇〇〇人)の動員を要請し応援を求めることとした。この情勢を察知した国鉄当局は、国労のこれまでのストの実力行動の実態にかんがみ、国労組合員およびスト支援要員がストの実効を期するため、もしも大挙して信号扱所に乱入したり、信号係員らを拉致し、或は同所を占拠してその機能をまひさせ、ダイヤに従つて車両等を運行している国鉄の正常かつ安全な運送業務の遂行を阻害されることを慮り(信号標識の機能が阻害喪失させられると定時運転のダイヤはたちまち混乱をするのみならず、後刻、これを正常のダイヤにもどすためには相当長時間を必要とするものである。大阪鉄道管理局長金沢寿夫成の回答書参照)これを防止するため鉄道公安職員に信号扱所を特殊警備さすこととし、大阪鉄道管理局長の命を受けた大阪鉄道公安室長宮本善一ほか六二名の鉄道公安職員は、同日午後七時三〇分頃から東信号扱所の警備につき同信号扱所西側の昇降階段に立ち並ぶほか、その階段上り口及び階段下から同所北側にかけて整然と立ち並んで勤務者以外の者が信号扱所内に立ち入るのを防ぐ体制を取つた。一方、京都公安室長森脇宇一郎ほか一〇二名(ただし、本件スト時には、約九〇名程度)は同日午後七時頃から西信号扱所の警備につき同所東側昇降階段下段付近に数名の鉄道公安職員が立ち並び、同所東側、南側、西側、北側も原判示人数の鉄道公安職員を配置し、前同様の警備体制を取つていたことが認められる。

そこで当時、東西両信号扱所には国労の組合員である信号係員がそれぞれ二名勤務に就いていたところ、これを原判決認定のごとく鉄道公安職員がスト時間中、監禁状態においたがどうかにつき審究するに、<証拠>によれば、鉄道公安職員の警備目的はもつぱら外部からのデモ隊員の侵入、占拠、信号係員の拉致等の防止にあつて信号施設の防護を意図したにすぎないものであり、信号係員が信号扱所から出て職場集会に参加するのを阻止することはその目的とするところでなかつたこと、スト突入後において、東西両信号扱所内において積極的に外に出たいということを申し出た信号係員はいなかつたこと、西信号扱所の窓は同日昼頃、鉄道公安職員がデモ隊がそこから乱入することを防止するためこれを開閉できないように針付けにしたが、そのとき信号係員は、別段抗議などもしていないことが認められるから、時限スト突入後に東西信号扱所に勤務中の信号係員を監禁状態においたとまではいえないものと認める。もつとも原審および当審証人竹内秀雄は、当日午後八時頃尼崎駅桜井助役ら四名の国鉄当局側職員が東信号扱所に入り、その後三〇分位して出入口ドアーを内部から施錠し、右竹内秀雄ら信号係員二名が職場集会へ参加するためドアーを開けてくれといつたが、黙殺された旨供述しているけれども、右竹内は、午後八時四〇分頃用便に行くため桜井助役にドアーの鍵をあけてもらつて昇降階段を通つて便所に行つた後、再び同信号扱所に引き返していること、同人らは、スト中においてもスト突入前と同様信号係員として通常業務を継続している点などからみて、同人らは幹部指導者が連れに来ればともかく、自分から進んで職場を離脱し集会に参加することまでは希望していなかつたことが窺われ、一応桜井助役の無言の説得に服したのではないにしても、職場集会参加の機が熟するまで就労を続けたものとみられるから、これを不法に監禁状態においたということはできない。いうまでもなく信号係員の安全保持に関する義務は、危険施設の保安要員にも比せられるべきものであつて、その職場放棄は不測の危険事態を招来する虞があるので、勤務時間中に職場を放棄し集会に参加するごときことは争議行為としてでもこれをなすことができないものと解する(労働関係調整法三六条参照)。

つぎに、鉄道鉄道公安職員の本件警備行為によるいわゆる逆ピケが、被告人らの争議行為に対する権利侵害行為にあたるか否かを検討するにあたり、被告人の本件における行動の目的、態様をみるに、<証拠>によると、被告人日野が約三〇名の班員の責任者として加わつた坂正治指揮下の東信号扱所に対するデモ隊の総数は約五〇〇名(後述実力行使時には、少くとも約一〇〇名)被告人奥村が指揮し、被告人高嶋が四二、三名位の班員の責任者として加わつた西信号扱所に対するデモ隊の総数は約四〇〇名であるから右両信号扱所の信号係員に対する集会参加説得のための人数としては異常な多人数であると考えられること、被告人奥村は、貨物上屋の方へ集合した約四〇〇名の組合員に対しマイクで「これから信号扱所の国労組合員で信号扱所を占拠する。君達はうしろの警官隊に備えてピケを張つてほしい」といつていること、東信号扱所における被告人日野らの鉄道公安職員に対する実力行使は、南北両隊に分れた二つのデモ隊がそれぞれ四、五列縦隊でスクラムを組み鉄道公安職員を挾み撃ちにするようにして激しく押し寄せたもので、その際鉄道公安職員の河合一成に全治約二七日間の傷害を負わせ、西信号扱所における被告人奥村、同高嶋らの鉄道公安職員に対する実力行使は、隊長森脇一郎が被告人奥村からの警備解除、立ち退きの申入を拒むや、同被告人指揮のもとに八列縦隊でスクラムを組み「ワッショイ、ワッショイ」の掛声で、同信号扱所東側に集結した鉄道公安職員を押しまくり、その際被告人高嶋は「もつと押せ」と鼓舞激励して、同信号扱所の壁面、便所等に押しつけたため、鉄道公安職員八名に全治五日ないし約一か月の傷害を負わせるにいたつた熾烈な攻撃であつたこと、右事態が収拾せられたのは、鉄道公安職員が信号扱所の警備が危殆に陥つたため警官隊に救助を求め、警官隊がこれを制止、鎮圧したことによることが認められる。右認定事実によると、被告人日野、同奥村、同高嶋の本件行動の目的は名を信号扱所内の信号係員に対する説得行為に籍りたもので、その実デモ隊による信号扱所の占拠、信号係員の拉致等をすることによつて、両信号扱所の機能のまひによる国鉄輸送業務の阻止を図つたものと認められ、その行為の態様も多人数の者が挑発的にしかも積極的な暴力の行使にまで及んでいるのであるから、労働組合の目的達成のためにする正当な行為といい難く、一方前記鉄道公安職員はもつぱら前記の目的遂行のため、守勢的警備を継続し何ら挑発の言動がなかつたものと認められる。

しからば、鉄道公安職員の本件東西信号扱所の警備行為は職務行為としてその必要性があり、適法な職務の執行としての外形と実質とを兼有し、刑法九五条の公務執行妨害罪の保護の対象となりうるものであるのに、これを否定した原判決は、事実を誤認したものというほかはない。論旨は理由がある。

控訴趣意第一の二、第二の二(威力業務妨害の訴因に関する法令の解釈、適用の誤および事実の主張)について

論旨は、原判決は、被告人坪田、同谷、同人見の各威力業務妨害の各所為につき、国鉄職員の争議行為が適法であることを前提としたうえ、本件のピケツテイングが労働法上認められた正当な争議行為であり、有効な説得活動を行なうための補助的手段であつて、電車運転士が積極的かつ明確に説得に応じない意思を示さない以上、相手が説得に応ずる余地がまだ残されているものと考え、なお説得活動を続けようとするのは当然であるから、多数組合員と共に電車の直前の線路上において渦巻きデモや坐り込み等によつて電車の進行を阻止した行為は威力業務妨害罪にいう威力にあたらないとしたのは、労働組合法一条ならびに刑法二三四条の解釈、適用を誤つたばかりでなく、事実を誤認したものであるというのである。

そこでまず、事実誤認の主張につき検討するに、<証拠>によると、尼崎駅における本件時限スト決行に際し、大阪地本は、同駅において列車乗務員に対してストライキ参加の説得をすることとし、その説得隊の指揮者として、上り内側線には執行委員である被告人坪田を、下り内側線には責年部長である被告人人見を上り福知山線には執行委員である被告人谷をそれぞれ配置した。

被告人坪田は、大阪地本傘下吹田支部執行委員長吉野俊治ほか五名を運転士説得班に、同姫路支部書記長安原秀雄ほか五名を車掌説得班に、その他の国労組合員約二百四、五十名を説得隊にそれぞれ編成し、これを引卒して午後九時五〇分頃上り内側線ホームに赴き、前記説得班はホーム上の所定の位置に立ち、説得隊員二百四、五十名位はホーム東端に並び、被告人坪田は右説得隊の先頭附近に立つて電車の到着を待つた。午後一〇時四分頃上り高槻行五二三〇電車が同ホームに入るや、右吉野俊治は直ちに運転室に近寄り、落し窓をノックして開けさせたところ、運転士が平素顔馴染みの国労組合員の田中愈耕と判つたので、同人に対しストライキに協力を縷々述べたが、就労意思のある同人は黙して下を向きこれに応じなかつた。ついで被告人坪田は待機していた説得隊に懐中電灯で合図してこれを全員電車進路上の線路内に入れ電車の方に向つて進行させ、電車との間隔約一〇メートル付近を四列縦隊でスクラムを組んで左廻りの渦巻きデモをさせた。これをみて田中運転士は、木船俊夫指導員にこれが対処方法をたずねたところ、少しでも前進させなければストに同調する意思があると見られるといわれたので、田中運転士はこれに従い警笛を幾度も吹鳴し、刻みノッチで徐々に前進を開始して右デモの指揮をしていた被告人坪田の二メートル位手前で一旦停止した、やがて鉄道公安職員、警官隊が来て説得隊を押すなどしてこれを排除し、その後退につれて電車は鉄道公安職員の誘導により刻みノッチで進行した。右警官隊の説得排除中、上り福知山線の電車乗務員の説得に成功していた被告人谷は上り内側線担当の説得隊員から官憲の妨害にあつているから応援を寄越して呉れとの依頼をうけたので、その指揮下の説得隊中から先ず約一〇〇名を応援に差し向けた後、上り内側線の状況をみて、さらに約一五〇名を増派し、これらを上り内側線の説得隊に合流させて電車の進行阻止を援助させたほか、前記のごとく徐々に刻みノッチで進行していた右電車運転室の開いていた窓ごしに田中運転士らに「お前人を殺す気か、電車を動かすな」と怒鳴りつけるなどした。その後も電車は刻みノッチで進行したが午後一〇時三〇分頃には説得隊が線路内に坐り込んだため警察官の排除行為もむつかしくなり両者相対峙するにいたり、電車の進行が全くできなくなつたところ、午後一〇時四五分、ストライキ解除とともに警官隊がまず引揚げ、ついで説得隊も引揚げたので前記電車は五三分遅れで発進した。

被告人人見は、自己の指揮下に入つたスト支援要員約五八〇名をもつて説得隊を組織し、これを引率して午後九時四五分頃下り内側線ホーム上の地下道階段口西方の駅員詰所西側に東向き四列縦隊に整列させ、自らはその最前列に立つて、電車の到着を待ち、午後一〇時五分頃下り西明石行五二三三電車が同ホームに入り客扱いのため停車し、これをすませて発車しようとしたところ、被告人人見は、説得隊に手を振つて合図し、この合図に従い説得隊全員は、一斉に電車線路内に飛び降り、四、五列の縦隊となつて、電車の一、二メートル前を先頭にして軌道下に坐り込み、労働歌等を歌うなどして気勢をあげた。電車の運転士高岡実(動労組合員)は、発車できないので、警笛を一回鳴らしたが、右の群集がざわめいたので余りこれを刺激しすぎては却つて早く立退いてもらえず発車はそれだけ遅れると思つたので、それ以上鳴らさなかつた。同運転士は就労の意思はあつたのであるが、何分にも多数のデモ隊員が電車進路軌道内に坐り込み、しかも、その前方至近距離にいるため前進を阻まれて発進できずにいたところ、午後一〇時四五分ストが解除され、デモ隊が引揚げてから四五分遅れで発車するにいたつたこと等の事実を認定することができる。

右認定事実によれば、被告人坪田は、組合員約二百四、五十名と共謀して五二三〇電車の直前の線路上に組合員を指揮して立ち塞がらせ、もしも強いて電車を運転するにおいては、車両との接触による組合員らデモ隊の身体、生命に対する損傷の危険が大であることから、その電車の発進を不能ならしめ、被告人坪田指揮下の組合員から救援を求められ、自己の指揮下の組合員合計約二五〇名を応援に差し向け、右発進阻止行為に参加させ、またみずからも運転士を脅迫するなどし、被告人坪田と現場で互いに意思を相通じて前同様電車の発進を不能ならしめ、被告人人見は、組合員約五八〇名と共謀して五二三三電車の直前に坐り込み労働歌を高唱する等多衆の勢威を示して電車運転士の自由意思を制止し、物理的にもその発進を阻止したことが認められる。

ところで、被告人らの以上の行為は、昭和三六年度末手当に関する争議行為に際して行なわれたピケッテイングであるが、その行為が具体的状況その他諸般の事情を考慮して違法性阻却事由があるかどうかについて判断する。

案ずるに、公共企業体である国鉄の職員および組合は、公共企業体等労働関係法一七条一項により一切の争議行為を禁止され、同条項に違反してなされた争議行為は労働法上の関係において一般的に違法であり、違反者は同法一八条により解雇の制裁を科せられるのであるから、組合としては組合員に対し争議行為への参加を強制できず、組合員も組合の統制に服す義務はないのであるから、争議行為に参加した組合及び組合員が就労している脱落組合員や他組合の組合員に対し労働争議に参加ないし協力さすためのピケッテイングの手段方法は、その説得の機会を得るために、法秩序全体の見地からみて相当と考えられる範囲に限定せられ、物理的実力行使等によつて組合員の就労を阻止することは、たとえ暴力の行使に至らなくとも、違法性阻却事由に該当する正当な行為ということができないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、五二三〇電車、五二三三電車の国鉄尼崎駅構内における停車時間は、いずれもその客扱いをする僅か三〇秒位しかないのであるから、右の短時間を利用し電車乗務員に対しスト参加の勧誘ないし説得を尽すということは殆ど不可能ともいうべきであろうから、弁護人らの答弁書にあるごとく「まず止まれ、そしてよくきいてくれ」という趣旨のもとに、マスピッティングによる説得の機会をもつ必要上、電車発進阻止という手段をとるにいたつたものと考えられるけれども<証拠>によると、前記電車の運転士らは事件当時、国鉄当局の業務命令にしたがつて勤務につき国鉄尼崎駅到着後、客扱いを終ると直ちに発車し、予定時刻どおりに目的地まで電車を運転する意思をもつていたものであり、しかも右尼崎駅に到着する前からあらかじめ国労側がストに突入するかもしれないことを承知しながら前記のごとく就労運転していたものであつて、一方、被告人らにおいても当時この事実につき認識を欠いでいたものとはたやすく認められないところであるから、このような運転士ら乗務員に対し、また、上記のような時期、場所、方法でストに参加すべきことを呼びかけても、それは相手方の翻意を促すというよりも、むしろ運転士ら乗務員の自由意思を強いて抑圧しその屈従を余儀なくさせ、徒らに混乱を招くだけの結果となることは疑をいれないから、右のような態様のマスピケッティングは争議手段として許容される範囲、限度を逸脱したものというべきである。しからば、違法性阻却事由なく、かつ可罰的違法性を具有し刑法二三四条の威力業務妨害罪が成立することもちろんであるから、原判決には法令の解釈適用の誤及び事実の誤認があるというべきである。

以上のとおり検察官の論旨はいずれも理由があり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤および事実の誤認があるから、原判決はとうてい破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決中、被告人らに関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書に従いさらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人奥村弥治右衛門は国鉄労働組合大阪地方本部副執行委員長、被告人坪田太一、同谷理はいずれも大阪地本執行委員、被告人人見美喜男は同地本青年部長、被告人日野保雄は同地本梅田支部副執行委員長、同高嶋久治は、同地本高砂支部支部執行委員であるが、同地方本部が組合の本部指令に基づき昭和三六年度末手当に関する労働争議の一環として昭和三七年三月三〇日午後九時(のちに午後一〇時に変更)から二時間の時限ストを兵庫県尼崎市長洲外ケ浜官有地所在の国鉄尼崎駅を拠点として実施するに際し、

等一、被告人日野保雄は、約一〇〇名の者と共謀のうえ、国鉄尼崎駅構内東信号扱所を占拠しようと企て、昭和三七年三月三〇日午後一〇時三〇分頃、同信号扱所の西側階段附近において、南、北二隊に分れて挾撃する隊形をとつて同所の警備にあたつていた松井勇ほか約六〇名の鉄道公安職員に体当りして押すなどして前記階段附近の手摺等に圧迫するなどの暴行を加え、もつて右松井勇らの職務の執行を妨害し、右暴行により鉄道公安職員河合一成(当三五年)に対し、全治約二七日間を要する右下腿部挫創の傷害を与え、

第二、被告人奥村弥治右衛門、同高嶋久治は、約四〇〇名の者と共謀のうえ、同駅構内西信号扱所を占拠しようと企て、同日午後一〇時すぎ、同信号扱所東側階段附近において、右四〇〇名の者らを指揮して隊列を組み、同信号所の警備にあたつていた森脇宇一郎ほか約九〇名の鉄道公安職員に対し体当りして激しく押し、同所の壁面、便所、木柵等に圧迫するなどの暴行を加え、もつて前記森脇宇一郎らの職務の執行を妨害し、右暴行により鉄道公安職員魚尾瀞ら八名に対し別表記載のとおり全治五日間ないし約一月間を要する各傷害を与え、

第三、被告人坪田太一は約二五〇名の者と共謀のうえ、同駅上りホーム内側線より同日午後一〇時四分発車予定の高槻行五二三〇電車(運転士田中愈耕、指導員木船俊夫)の発進を阻止しようと企て、同日午後一〇時ころ、同電車直前の線路上において右の約二五〇名の者らを指揮して渦巻きデモ、坐り込み等をし、警官隊により排除せらんとするや、ここに被告人坪田同谷理は共謀のうえ被告人谷においてその指揮下のデモ隊員のうち合計約二五〇名をして応援に差し向けて前記デモや坐り込みに参加させ、被告人谷は右電車が刻みノッチで徐行を始め出した際、運転士田中愈耕等に対し「お前、殺す気か、電車を動かすな」と怒鳴りつけるなどし多衆の威力を示して同電車の発進を約五三分遅延させ、もつて国鉄の輸送を妨害し

第四、被告人人見美喜男は、約五八〇名の者と共謀のうえ、同駅下りホーム内側線より同日午後一〇時四分発車予定の西明石行五二三三電車(運転士高岡実、指導員山崎光男)の発進を阻止しようと企て、同日午後一〇時ごろ、同ホーム上に待機していた右の五八〇名の者らを指揮し、これらと共に同電車直前の線路上に坐り込み労働歌を高唱して気勢をあげるなどし多衆の威力を示して、同電車の発進を約四五分遅延せしめ、もつて国鉄の輸送業務を妨害し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(被告人奥村の確定判決)

被告人奥村は、昭和四五年六月一一日大津地方裁判所において公職選挙法違反の罪により懲役六月執行猶予三年間の言渡を受け、同月二六日確定したことは、検察事務官作成の前科調書によつて明らかである。

(法令の適用)

被告人日野の判示第一、被告人奥村、同高嶋の判示第二の所為中、公務執行妨害の点は、各刑法六〇条、九五条一項に、傷害の点は、各刑法六〇条二〇四条、昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条二条(刑法六条一〇条)に各該当するが、右各公務執行妨害相互間および公務執行妨害と傷害とはいずれも観念的競合の関係に立つので刑法五四条一項前段、一〇条により判示第一については重い傷害罪の刑、判示第二については最も重い別表4の柳瀬弘に対する傷害罪の刑により処断すべきところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、(被告人奥村の右罪と前記確定判決のあつた公職選挙法違反の罪とは刑法四五条後段の併合罪なので、同法五〇条を適用し、いまだ裁判を経ない判示公務執行妨害、傷害の罪について処断)被告人坪田、同谷の判示第三、被告人人見の判示第四の所為はいずれも刑法六〇条、二三四条、前記改正前の罰金等臨時措置法三条二条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、以上被告人六名を主文二項掲記のごとく量刑処断し、換刑処分につき刑法一八条、懲役刑に対する刑の執行猶予につき同法二五条一項、別紙訴訟費用負担一覧表記載の訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文・一八二条を適用する。

よつて、主文のとおり判決する。

(杉田亮造 矢島好信 松井薫)

別表

番号

氏名

年令(当時)

病名

全治期間

1

魚尾瀞

四九

右前胸部挫傷

一七日

2

松本明

三五

左大腿

左肘部挫傷

一七日

3

菱田和

三七

胸部挫傷

一三日

4

柳瀬弘

三六

左側胸部

左示指挫傷

約一月

5

南好治

四六

右肘関節挫傷

五日

6

吉川潤

二九

胸部挫傷

五日

7

大西登美雄

四二

右顔面打撲

右膝関節挫傷

一二日

8

中前己吉

三一

右足関節挫傷

五日

(別紙) 訴訟費用負担一覧表<省略>

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